――― Marky on the WEB
青木将幸ファシリテーター事務所

2006/10/29
つらい ー友人の死ー

友人が死んだ。

10年来付き合ってきた仲間だった。今、とても、つらい。

アルコール依存症で、鬱病で、糖尿病も煩っていた。

長年、その病状を知りながら、僕は友人としてたいしたことができなかった。本当になさけないと思う。

NPOマネジメントだ、ファシリテーションだという、大層なことを学び、それを誰かに伝える仕事をしながらも、目の前で鬱病とかで苦しんでいる友人ひとりを、どうすることもできない自分がいた。

情けない。苦しい。なんとかしたい。この数年はその思いが強かった。

そして、会議の仕方とか、いかに人は効率的に学べるかとかいった理論的な、思考的な、ロジカルな、効率的な部分だけではなく、「心」のことを大切にできる人間になろうと、いろんなことを学びはじめた。

心理学のこと、カウンセリングのこと、心と体のこと、癒しに関することなど、時間もお金もついやしながら、少しずつ学んだ。つい最近やった「ヴォイス・ワークショップ」なんかもそうだ。

とても奥が深く、スピリチュアルとも言える世界に、ぼくはずぶずぶと足を踏み込んで、もがき、苦しみ、学び、色んなものに出会っていった。周りの人からは「マーキーどうしたの?」と思えるような変節だったろう。

僕は、あいつとどう接して行けるかを考えて、いろいろ学び、成長していくつもりだった。そして、あいつのために、10年かけてもいいと思っていた。

そんな矢先、その友人が死んだ。突然の訃報だった。

アルコールが、色々なストレスが、僕を筆頭に、周りの無理解がその死を早めたのだと思うと、本当に心苦しい。僕こそが彼を死に追いやったのではないか、とも思う。

つらい。

少しずつ、少しずつ、「心」のことを理解しはじめてきた矢先だったのに。

彼から、いつもかかってくるだらだらとした近況報告の電話を、ようやく、いらいらしないで、何時間でもゆっくりと心から聞くことができるようになってきた矢先だったのに。

ごめんね。くまちゃん。間に合わなかった。

ごめん。あのとき、あんなこと言うんじゃなかった。

ごめん。あのとき、すぐにでもやれる全てをやるべきだった。

ごめん。あのとき、何もかも投げ出して君のそばに行くべきだった。

ごめん。

ごめん。

僕は今、とてもつらい。