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青木将幸ファシリテーター事務所

2009/07/18
お盆を考えるワークショップ

先日、神奈川県の等覚院というお寺さんで仏教系ワークショップが開催されました。メインファシリテーターは、中島光信さんといって、A SEED JAPAN時代の仲間です。ここ数年、僕のファシリテーションの現場に足を運んで、お手伝をしてもらってきたこともあって、今回の開催は僕としても、とても楽しみでした。

とりわけ「ザ・仏教」な内容でワークショップを開催できるのは、お寺ならではの取り組み。僕自身は、お寺という場所は、もともとワークショップ的な場所であり、お坊さんというのは、じつはファシリテーター的な役回りをしていたんじゃないかと思っています。困ったとき・大変な時・人生の節目に人は寺に集い、そこで解決策を模索したり、悩みを語ったり、苦しみを昇華させ新たな人生を歩み始めたりしたのではないかと。

僕自身、なぜか小さなころから仏像や、仏教、お坊さんに関心を持ってきました。近年のお寺のおかれた現状を知るにつれ、今の日本でもっと有機的に活用しうる場所なんじゃないかと感じていたのです。

お寺や教会といった宗教施設でワークショップをやるということは、通常の研修施設や会議室などを借りるのと違って、いくつかの特性を帯びることになります。ひとつには「大いなるもの」を感じやすいという点です。キリスト教であれば神やキリストの存在に、仏教であれば仏や先祖とのつながりに思いを馳せやすいのが特徴。また、人の死や煩悩、苦しみなどと深く関わることができるよう、じっくりと落ち着ける空間として作られている点も大きい。内観するのに向いている空間設計がされているように思います。

個別化が進む現代を生きる私たちにとって、「大いなるもの」を感じなおし、深く落ち着いて考え、生き方を模索する機会は貴重なんだと思うのです。

今回のワークでは「お盆」をテーマに、12名の参加者と5時間を一緒に過ごしました。それぞれの地域、家庭、宗派で体験してきた「お盆」を共有し、「お盆」そもそもの意味を学びなおし、自分自身の生き方について見つめ、考える機会となりました。

「お盆なんか、あまりちゃんとやってないよ」といっていた参加者が「なんか、お盆って自分なりに捉えて、大切にやってみたいな」というような変化も見られました。

もちろん、宗派や家庭の事情などもあるので、「こうすべき」と押しつけるような進め方でゆくわけにはいきません。個々人が何を感じたかを交わし合うプロセスで、「私はどうしてゆきたいか」をゆっくり考え、選べる時間になったのではないかと思います。

僕個人としては、亡くなった祖父たちを思い返し、自分自身の生き方を見つめなおす、よき時間となりました。次に実家に帰った時に、お墓参りをきちんとしようと思った次第です。

日本各地にお寺はたくさんあります。(一説には8万を超える数だとも)

しかし、充分に活かされていないんじゃないかとも思います。

例えばお盆の時期を前に、その意味を知り、自身に生き方を見つめ直すような機会を提供できるお寺が増えてくると、なかなか日本も面白くなるのではないかと思います。日々仕事にいそしんだり、暮らしを営む普通の人が、ふとお寺と関われる機会が生まれるといいなぁと。

僕自身、仏教やお寺にまつわるワークショップを、これからも実践したいと考えています。もしかしたらそれが自分の人生のミッションの一つなんじゃないかとも思いつつあります。

なにか機会やヒントを与えてくださる方がいたら、いつでもご連絡ください。ご縁のあったところと一緒に考え、自分自身を役立てられたらと思っています。

(なんか、仏教系の話題だからか、神妙な文章になっておりますなぁ。)